fc2ブログ

Daydream Believer

□ 暁月夜に想ふ □

引き放つ矢の如く 第二十二手   <続・暁月夜に想ふ>

「香蔵桂花香か。・・・・いいねえ。実に芳しい、心躍る香りだ」
 槍虎以上に鼻が利くらしい伊達男は、香林が部屋に入るなりクンと鼻を鳴らしうっとりと呟いた。
 香蔵桂花香は最高級香料の代名詞とまで言われる香の名。甘い金木犀の香りは、ごく一部の富裕層でなければ身に纏うことのできない―――なにせ、ほんの一摘みで市井の民なら半月は楽に暮せるほどの高級品であった。この見るからに品の良い男が、その鼻以上にうんざりするほど察しがいい事を知っている香林は苦笑するしかない。
「流石は浪子。良く分かるな」
「分からいでか」
 浪子―――連順は不敵に笑う。
 浪子とは即ち伊達者のこと。流した浮名は数知れずの遊び人には相応しい、あまり大っぴらにし難いこの男の渾名だ。
「それにしても香林、お前僕に内緒で花見とは酷いぞ」
 花見。
 その言葉に「ほほう」と瞬時にニヤケたのは長椅子にその巨体を預けきっている宗伯であり、その傍らで仁王立ちしている姿勢の良い男、楽信は微かにため息をついて横を向いた。部屋の隅で長槍に凭れていた仁景は怪訝な顔で、香林はニヤリと笑うと口を開いた。
「確かに花は見たな。見たが、しかしそれだけだ。不埒な真似はしておらぬ故、安心しろ」
「阿呆。そんな羨ましい真似されてたまるか。で、どうだったんだ―――円の百花は」
「円のひゃっか?・・・・ああ、円百花か・・・ってオイ!そりゃあ!!」
 サラリと言われた言葉に、仁景が目を剥く。
「そう言うことだ。私が見た花は、当代一の美女と呼び声高い円の王妹殿下だからな」
「王妹だぁ?花って女かよ!」
「花だよ、仁景。美しく芳しく、抱きしめると柔らかくて見れば手折らずにはいられない綺麗なお花さ。まあ、この花は野に咲く花と違って勝手に歩き回ってくれるから、捕まえるのがちょっと大変なんだけど」
 それすらも楽しいのだと言いながら、自他共に認める遊び人は目を輝かせる。
「・・・いや・・・だからそれは女だろーが」
「だから花さ。この世の全ての女性はみんな麗しい花なんだからね。美しいのもそうでないのも、そして多少地味でも枯れかかっていたとしても花は花。皆大切な僕の花ってこと」
「生憎だが、連順。私はお前の花になったつもりはない」
 満面に笑みを浮かべた男を一瞥し、豪華な肘掛椅子に悠然と腰掛けた香林が嫌そうに眉を寄せる。それに大きく頷いたのは楽信である。
「当然です。又、この男はたわけたことを・・・大体にして、己の節操のなさを堂々とひけらかすなどみっともない。恥じ入って口を閉ざすというなら兎も角、この男ときたら」
 困ったものだと、ほとほと呆れた顔で眉間に深く皺を刻む。
「困った奴なのは確かだが、何しろコイツはこれで普通だ。死んでも直るとは思えん」
 遠慮なく言ったのは宗伯。その言葉に、そうだろうなと同意して、香林は連順に向き直った。
「しかし、相変わらずお前はこの手のこととなるとやけに鋭いな」
「今更だろ。だが、そんな当たり前のことはどうでもいいんだ。それより円百花のことを聞かせろよ。傾国の噂は本当か?どれくらい美しい?さあ言え、さっさと吐け」
 身を乗り出した連順に、戦場においては並ぶ者のない剣と言われた女戦士はククと肩を震わせると、つかの間の邂逅を思い返して頬を緩めた。
「素晴らしく美しく、中々に愛らしい姫であったな。噂に違わぬ花の中の花、沈魚楽雁、閉月羞花(ちんぎょらくがん、へいげつしゅうか:共に美女の例え)とでも言えばよいか―――そうそう、私に剣術を教えてほしいと言ってきたぞ」
「円百花が剣術を?・・・・・ああ、成程」
 連順はポンと膝を叩くとさもありなんと頷いた。香林が胡散臭げに顔を顰める。
「何が成程だ」
「成程は成程さ。つまり、円百花は美しさより強さが必要だと、そう思ったわけだろ」
「・・・・お前は一体何をどこまで知っているんだ」
 察しが良いにもほどがある。
 香林がげんなりと声を落とせば、連順は貴公子然とした外見に似合つかわしくない笑みを浮かべるて、
「―――全てさ」
 人の口に戸は立てられないからね、と。
 人の懐に入り込むことにかけては天与の才を持つ男は、そううそぶいて得意げに胸を張った。その清潔そうな面差しに浮かぶのは、いっそ清清しいほどの無邪気な笑みだが、話す内容と言えばこれが下世話の一言に尽きる。
「僕は綺麗なお花たちの大好きな噂話を喜んで拝聴するにやぶさかでない男だよ。後宮の諍いから王族士族の閨事情、それに女官たちの火遊びに至るまで知ってるさ。その僕が、円の麗しの花が我らが愛すべき馬鹿野郎に手ひどく振られた、なんていう美味しいネタを聞き逃すと思うのか」
「・・・ああ、思わんな。・・・だが連順、お前そのことであまり広達を刺激してやるなよ。アレは臍を曲げると意外に面倒なのだ。私はお前の尻拭いなんぞ御免だぞ」
「いや、それは無理だよ。広達をからかうのは、僕の生きがいみたいなものだから。止めたら死ぬ」
 連順は広達が聞いたら問答無用で刀を抜きそうな台詞をあっさり口にすると、腹に一物ある表情で口の端を吊り上げた。部屋の隅では、楽信と宗伯が揃って同時に頭を抱えている。
「ま、そんなのは兎も角。円百花が言ったのはそれだけじゃないだろう。あの麗しの花はお前になんと言ったのだ。僕に隠し事をしても時間の無駄だから、諦めて早く言えよ」
 連順は確信に満ちた顔をしている。香林はやれやれと小さく首を振ると、生来の思い切りの良さを発揮して間髪入れずに答えて見せた。
「面白くもない話をお前はどうして知りたがるのやら。・・・・まあ良い。あの娘はな、連順。己と周将軍のどちらが美しいか教えてほしいと問うてきたのさ。そう聞かれた故、聞くまでもないと答えた。それだけだ」
「なんと、それは愚問だね。しかも、それを寄りによって本人に聞いたわけか・・・・それはそれは」
 そう言って連順はひとしきり腹を抱えて笑い、痛む腹を摩りながら不意に真顔になった。おもむろに開いたその口から漏れ出たのは、別人の様な低い声。抑揚の乏しい冷ややかな物言いはこの男のものではない。それは怜悧な美貌の長身の武人そのものの、硬質で真摯なそれで。
 連順はヒタと視線を香林へと向けると、言った。
「貴方よりも美しい人を私は見た事がない。私に花は不要。たとえ骸となっても、手向けて頂くことはない。―――私に必要なものは、貴方だけです」
 それは、あの薄暗い地下牢で広達がうっかりと吐露した胸の内だ。
「・・・・相変わらず悪趣味だな、お前」
 ため息混じりの言葉に、連順はにっこりと微笑む。
「それって褒め言葉かな。なんつーか、実にアレらしい台詞だと思わないか、香林」
「・・・・連順・・・」
「おっと、そう怖い顔をするなよ。これは阿呆だが愛すべき男の切羽詰った挙句の芯から真の言葉だぞ。無下にするとバチが当たる。いや、その前にアレに斬り殺される、か。ま、とんだ戯言だけど、アレにとったらこれが真実なんだよ。喜べ、香林。広達の目から見れば、お前は円百花すらかすむ絶世の美女らしいぞ」
 連順はすまして言った。その顔を忌々しげに眺めた香林の答えは投げやりである。
「ふざけたことを。生憎、あの馬鹿の目は節穴だ。聞く価値なぞあるか」
「それについては同感だけど、お前こそそれをアレに言うんじゃないよ。しばらく立ち直れなくさせたいっていうなら話は別だけど」
「フン、そう簡単に立ち直られてたまるか。アレには、しばらくどころか当分落ち込んでいてもらわねばこちらの気がすまん」
「あぁ、それはそれで楽しめるから、僕はかまわないけどね」
 ご機嫌で頷く連順に、ついに耐え切れず咎めるような視線を向けたのは楽信。
「二人とも・・・・いい加減になさいませ。それ以上は、いくらなんでも広達が不憫です」
 俯いて笑いを堪えている宗伯、そして一人不機嫌そうな仁景を順繰りに見て、楽信は最後に―――深い深いため息をついた。



NEWVEL投票ランキング
ネット小説ランキング>【登録した部門】>暁月夜に想ふ
恋愛ファンタジー小説サーチランキング
FC2ブログランキング
↑ランキングに参加しています。よろしかったら、どーぞ。


* BACK
* NEXT
スポンサーサイト





* 「暁月夜に想ふ」目次へ戻る
*    *    *

Information

Comment

* 二十二話

お疲れ様です。
今回も読み応えのある内容でした(笑)。

痛いですねー。
「愛すべき馬鹿野郎」が連順に甚振られてますねー。
カワイソー…、ぷぷッ。

これからの仁景の心中も気になります。
大団円、期待してます。



カグル

2010/06/28 【カグル】 URL #EvmDRqhQ [編集]

* カグルさん

グダグダのナメクジに塩ならぬ暖かいコメント。
感謝感激でございます。


> 痛いですねー。
> 「愛すべき馬鹿野郎」が連順に甚振られてますねー。
> カワイソー…、ぷぷッ。


馬鹿、阿呆、アレ、ともう散々な言われようで
楽信じゃありませんが「不憫」です。
ヤツに挽回の機会は訪れるのでしょうか。
そして、ナメクジ作者の梅雨明けはいつなのか。
乞うご期待!



縁起屋
2010/06/29 【縁起屋こまり】 URL #-

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

* プリザーブドもおすすめw

花の事なら『花ギフト館』へ♪
2010/06/28 【花ギフト館のブログ

+