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Daydream Believer

□ ワタシの愛しの魔王サマ □

ワタシの愛しの魔王サマ 後編

「そうですか。分かりました」

 そう言って、物分り良く微笑んだ顔はなぜだろう、獲物に飛び掛る前の魔獣にそっくりだ。ワタシは嫌な汗が伝い落ちるのを感じながら、ウロウロと視線を彷徨わせた。

「わ、分かってくれたんなら、退いてよ」

 気付けばまたしてもマウントポジションに王子様。だから素早すぎだっつーの、なんなのこの人、もしかして人じゃなくて魔物か。つか学習しろよ、ワタシ。

「退きません」
「なんでッ」

 つのる危機感に頬が引き攣る。この一見目映い笑顔が曲者なのだ。一撃で死ねそうな殺人光線つきスマイルとかカンベンして欲しい。
 ビビるワタシに、「それはね」と王子様は再びにっこりとおっそろしいほどの笑顔を見せつけて、

「君のお口が全然素直じゃないってことが分かりましたので、別の場所にきくことにしたからですよ」
「……べ、別の、場所?」
「そうです、とても素直な別の場所です」

 王子は笑う。

「えーっと、それは、どこ、なのかな?」
 
 ワタシは恐る恐るお伺いをたて、そうして酷く後悔することになった。

「体です」
「か…体?!」
「そうです、体。せっかくこうして誘っていただけてるわけですし、据え膳は残さずいただくのが男の礼儀ですし」
「さ、誘う?え?誰が?」

 ギョッと目を見張れば、鼻が触れるほどに近づいていた男前は怖いほど真剣な、そしてあからさまに熱の篭った眼差しをヒタとワタシに向けて嫣然と笑った。

「誘ってるのは君じゃないですか、カエデ。大体、そんな扇情的な格好でこの私を誘っておいて、今更逃げられるとでも思ってるんですか」
「扇情的って…あッ!」

 見下ろせば、体の線も露なスケスケドレス。しまった、こんなのすっかり忘れてた。でも、シーツ巻いてたはずなのになんで。焦って周囲を見渡せば、頼みの綱のシーツはなぜか扉近くの床の上で小さな山になっている。あまりのことに呆然とするワタシの耳に、砂を吐きそうに甘い、甘すぎる声が響いた。

「もう遅いですよ、カエデ」

 甘く、蕩けきった男の声に体の奥がぞくぞくする。力が、抜けていく。

「アトレン、違うって、コレは!」
「嘘つきなお口の言うことは聞かないと言ったでしょう。嫌なら逃げればいいのです。なんなら私を殺しても構いませんよ、カエデ。君には、それだけの力がある。そして、そうする理由も」

 さあどうぞ存分にと言いながら、王子はワタシを囲い込む腕に力を込める。ああ、なんて酷い。残酷な男だろう。

「…でき、ない」

 小さく唇を開き、ワタシは体を震わせた。できねーよ、馬鹿。できるわけねーだろうが、阿呆。だって本当は逃げたくなんかないんだから。側に居たい。一度でいい、この人が欲しい。色鮮やかなこの美しいブルーアイに溺れたいと体中が、心が叫び声を上げているのに。
 ワタシはただ為す術もなく、震える指で王子の上着の裾を掴む。その手を上から握りこんで、王子は深い深い笑みを洩らした。

「ならば、カエデ、君はもう私のものです。それを、これからたっぷりと思い知らせてさしあげましょう」

 王子様の皮をかぶった悪魔はクククと低く喉をならし、ぺろりと赤い舌を出してワタシを食べた。



:::::::::::



 長い黒髪のサラサラとした手触りを堪能しつつ、アトレンは自分に擦り寄って眠る愛おしい人の頬にそっと唇を寄せた。

「…ん」

 とくすぐったそうに身をよじる掠れた声に、収まった筈の欲望の火種が再燃しそうになり苦笑する。

「全く…君という人は。…目覚めたらお仕置きですね」

 聞こえたら烈火のごとく怒るだろうが、なに気になどしてやるものか。長い間ずっと、本当に気が遠くなりそうなくらいずっと自分でも呆れるくらい我慢してきたのだから。

「もうそれも終わりです」

 やっと手に入れた愛しい人。カエデ。
 すやすやと眠るカエデのむき出しの肩にも首にも、そしてそれ以外のあらゆる場所にもくっきりと残るのは情事の跡。一目見れば分かる、つけた相手の執着の度合いがしのばれる執拗なその赤い痕跡を指で辿りながら、アトレンはうっとりと目を細める。

「これで君は私のものです。逃がしませんよ、カエデ」

 この強くて優しくて、そして馬鹿みたいに単純な人がなにを考えているかくらいアトレンにはお見通しだ。何年もずっと側に居て、ずっと見守ってきたのだから。
 カエデは自分の力を恐れている。そして、アトレンが必ず自分に飽きると信じて疑わない。

「馬鹿な人だ」

 そう、本当に馬鹿な人。アトレンに言わせれば世迷言以上の妄言だが、言葉でどれほど言い尽くしても伝わることではないのも事実。

「長期戦は趣味じゃありませんが、まあ仕方ないですね」

 例え何年、何十年かかってでも、分からせたいことがあるのだ。
 物心ついた時からアトレンに出来ない事は一つもなかった。普通の人間が聞けばさぞ怒るだろうが、学問も剣も魔術も趣味も、そして女も。政さえアトレンにとっては安易な遊びでしかなかった。有体に言って天与の天才であったアトレンは、その上に完璧な美貌も兼ね備えた王子様で。
 アトレンは飽いていた。
 全てのものに、心底。
 周囲がどれほど価値を認めようが、簡単に手に入るモノなど所詮取るに足らない瑣末なモノでしかない。アトレンがこの世の全てに辟易し、ほとんど憎悪に近い感情を持ち始めた頃、魔王が現れた事を知ったのだ。
 大陸中が震撼する中、アトレンは一人歓喜していた。
 国が滅ぼうが人が死のうがどうでもよい。ただ、退屈を紛らわせられそうな事が単純に嬉しかった。そうして、その為だけに行なった儀式で、異世界から呼び寄せられたのがカエデで。
 大らかで明るく涙もろく、誰よりも強いくせに時に驚くほどに弱く、情に流されてすぐ騙されるくせに、一言謝られただけで簡単に許してしまう馬鹿で単純で、そして誰よりも美しい魂の持ち主。
 品のいい物言いで平気で他人をこき下ろす宮廷人たちを見慣れたアトレンの目には、カエデはまるで太陽のように眩しく月のように清らかに映った。率直で嘘のない、綺麗な心。その潔い生き様に、いつしか心惹かれ、欲するようになっていた。
 この国に生まれ落ちてから丁度二十と七年。
 アトレンがこれほど何かを熱望したことはない。おそらく、これから先もないだろう。
 綺麗に着飾ることしか能のない馬鹿な女と引き比べ、カエデが落ち込んでいるのも知っている。

「本当に、君は愚かですね」

 クスリと微笑んでその首筋にキスをする。
 そんな取るに足らない女など、比べ物にならないくらいかけがえのない存在だというのに。
 魔王が現れなければ、そしてカエデに出会わなければ、アトレンはおそらくこの手で世界を滅ぼしていただろう。
 飽きた、というそれだけの理由で。

「だからね、カエデ。君は二人の魔王からこの世界を守った英雄なんですよ」

 囁けば、腕の中の女は小さく身じろぎして薄っすらと目を開けた。

「…アト、レン?」

 舌足らずな口調にぞくりとする。

「おはよう、カエデ。さあ、では始めましょうか」
「始める、って、え、なに、を」

 慌てる顔に煽られる。深く醜い欲望の炎が。

「だからお仕置きですよ、カエデ」

 富も名誉も国すら、自分にはただのガラクタ。
 君以上に価値あるものなどどこにもないのだから。
 美貌の魔王は穏やかに微笑んで、目の前の甘美な獲物に襲い掛かった。



:::::::::



 一年で最も夕日が美しく見えるという夕落の月。日本ではおそらく十月辺りだろうと思われるこの良き日に、ワタシは先人がこぞって「人生の墓場」と声をそろえる危険地帯にあえて足を踏み入れる暴挙に出た。

「カーエーデー!」
「リーちゃん!」

 真っ白の豪華ドレスを身にまとったワタシは素早く振り返ると、飛び込んできた柔らかい体を広げた両手で抱え込んだ。金色に輝く翼獅子リオノス、通称リーちゃんはわずか一歩で扉からここまでダイブすると、ワタシのお腹に顔を埋めすりすりとその身を擦り寄せてきた。夕日に映える純白の翼は惚れ惚れするほど美しく、ブンブン左右に振り回された尻尾がなんともキュートだ。

「カエデ、キレイ」
「ありがとう、リーちゃん。リーちゃんもすごく綺麗だ。おっ、モーちゃんも来てくれたんだ。嬉しいよ!」

 リオノスの翼の間からひょっこり顔を出した白いモフモフは、くりくりとした瞳に喜色をのぼらせて、

「カエデー!モー、モアイタカッタ。ギュウギュウ、シテ」

 満面の笑顔で抱きついてきた。ああ、癒される。そして萌える。毎度の事ながら、今日もワタシは飽きもせず身悶えた。

「よっろこんでー、もうモーちゃんってば今日もかーわーいー!」

 リクエスト通り小さな獅子をぎゅうぎゅうに抱きしめて、そのままいつものように一人と二匹で床の上をごろごろ転がろうとし――ぐええと呻く。

「絞まる絞まる絞まる絞まる、って離さんか、ボケが!殺す気か!」

 しつこく首に絡みつく腕を避け、ワタシは勢い良く後ろを向いた。途端にすごい勢いで体ごと引っ張られ、そのまま広い胸板に鼻をぶつけて悶絶する。後ろ向きの拘束は緩むどころか強くなる一方で。ぴったりとくっ付いた耳元に聞こえるのは不機嫌極まりない、そうまるで悪魔の囁き。

「私のカエデから離れなさい、リオノス、モフオン」

 それはまるで地獄の底から響く、殺気すら感じる危険な声だ。やべー。封印したはずの魔王がなぜこんな場所に。って、違う!これ、いやこいつは。

「アトレン!」

 げえ、いつの間に湧いて出やがったんだ、この男。つか、コレは別室で待機してんじゃなかったのか。打ち合わせと違う事態に驚いたワタシは、思わず叫んでお約束のように逃げ遅れた。

「なにをしているんです、カエデ。早くこのケダモノどもから手を離しなさい」

 眉間に深い皺を刻んだ馬鹿男は、不機嫌オーラ全開で聞き捨てならない台詞を吐いた。

「ケダモノって、ちょっとアンタ、リーちゃんとモーちゃんはケダモノなんかじゃない!リオニアの守り神だよ!聖獣!」
「聖獣だろうがなんだろうが、所詮ケダモノはケダモノでしょう」

 しれっと言い切るこの阿呆を、誰でもいい、黙らせてくれ。願いを込めて周囲を見渡せば、我関せずとばかり不自然に視線を逸らせる侍女さんズ。えー、なにそれ酷い。やむなく振り向いて、護衛の騎士さん方に目をやれば、今度は青ざめた顔で拝まれる。ちぇ、結局言うのワタシかよ。なんか貧乏くじばっかじゃね?まあ、ぐずぐず言っても仕方ないか。ワタシはため息をつきながら、このたわけた男をにらみ付けた。

「リーちゃんとモーちゃんはケダモノじゃねーよ!ケダモノはテメエだ!」

 びしりと着飾った男の胸元に指を刺す。

「ほう」

 地獄の魔王サマはクスリと笑うと、心胆を寒からしめるような怖い目をした。あれっ、ワタシもしかしてなんか拙いこと言っちゃった?嫌な予感にダラダラ冷や汗を流していると、クイッとワタシの顎を取り、まるで周りに見せ付けるみたいに悪魔が耳元に顔を寄せてきた。

「我が花嫁殿がケダモノを御所望とは思いませんでしたね。幸いにして今宵は初夜。ご期待にそえるよう、精一杯頑張らせていただきましょう」

 覚悟なさいという顔は、もはやどうみてもケダモノにしか見えない。
 静まり返った控えの間に、リンゴーンとのん気な鐘の音が聞こえる。ハレの日を祝うそれが、弔いの鐘に聞こえたのはワタシだけではない、はずだ。

「ア、アトレン?」
「なんですか、カエデ」
「……えーっと、お、お手柔らかに」
「無理ですね」
「そ、そこをなんとか」
「だから無理です」
「……ワタシ実家に帰らせて」
「さて、そろそろ式の時間ですね。行きましょうか、カエデ。愛してますよ、私の花嫁」

 幸せになりましょうねと笑う悪魔に手を取られ、ワタシは涙目のまま刑場、じゃなかった式場へと強制連行されたのだ。

 ワタシの名前は、カエデ・サルディアナ・アル・リオニア。
 旧姓、門倉カエデ、二十五歳。
 何の因果か因縁か。現代日本からテルミア大陸の歴史深い国リオニアに召還されて三年、この度王太子妃になりました。夫は完全無欠の王子様。ケチのつけようのないパーフェクトプリンスで、国中の女性と言う女性の憧れの的の―――ワタシの愛しの魔王サマです。



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2012/05/03 【

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