fc2ブログ

Daydream Believer

□ ワタシの愛しの魔王サマ □

ワタシの愛しの魔王サマ 前編

 長い長い死闘の果て、ワタシはこの手で魔王を封印した。


 魔物の王が最後に放った閃光は、だが防御すべき人間が気持ちいいくらいあっさりとスルーしてくれたお陰で、見事にワタシ一人をピンポイント直撃した。ワタシの顔面を襲ったどす黒い光は、鋭い刃となって額を左から右へと横一線に切り裂いて消えた。ギシギシと魂が軋むような痛みとジュウという鈍い音。それはまるで呪詛の声だ。
 本来ならワタシの両膝を打ち抜く角度の、無駄な足掻きのような光の刃。だが、巧妙に誘導されたそれを更に逸らしてわざと額に当てたのはワタシだ。

「ざまーみろ」

 なんでも思い通りになると思ったら大間違いなんだよ、この腹黒が。
 視界が一瞬で朱に染まる中、攻撃を故意に見逃した裏切り者、完全無欠のイケメン野郎の鳩が豆鉄砲くらったみたいな間抜け面に右手中指をぐっとつき出してニヤリと笑い、ワタシはその場に崩れ落ちた。ちぇ、動けねー。しょッぼい攻撃かと思えば痺れ効果付きかよ。ムカツク。湧き上がるのは悪態ばかりだ。

「エーデ!」

 翼持つ黄金の雄獅子リオノスの背の上で、イケメンが珍しく慌てふためいて叫んでいる。

 ――ハ、なに動揺したフリしてんだか。ざけんな!

 瞬時に跳ね上がった怒りを原動力に、ワタシは麻痺した唇を根性で動かして奴を罵った。

「ワタシはカエデだ!エーデじゃねーって何回言ったらわかるんだっ!人の名前くらい正確に発音しやがれ、阿呆。アンタ、パーフェクトプリンスなんだろーがっ!!」

 パーフェクトプリンス。
 観賞用のガラスケースにでも入れておきたい、これぞザ・プリンスな美形王子は、冗談でも皮肉でもなくごく普通にそう呼ばれていた。大国の王太子で文句のつけようのない男前で類まれな魔術と剣の才を併せ持つ完全無欠の王子様に死角らしい死角なんかどこにも見当たらない、というのが世間一般の見方なわけだ。まあ、ワタシに言わせればあの表裏のありすぎる性格が垣間見えた時点で、死角だらけの最低男なんだけどね。それでも、無防備な背中をゆだねるくらいには信頼してたってのに。

 ――ワタシを裏切ったアンタが、どうしてそんな顔してんのさ。泣きたいのはこっちだっつーの。

 急速に薄れ行く意識の中で、吸い込まれそうに晴れ渡った空の青と苦し気に揺れ動く瞳の青に、どうしようもなく胸がざわついたのは絶対に内緒だ。



:::::::::



 目覚めれば、いつかどこかで見たような気がしなくもない華麗な天井。アホみたいに豪華なベッドは寝心地抜群で、何のことはないつまりはここはワタシの私室ってやつなのだ。
 ここはリオニア国、首都クースにある王の居城の東側。奥宮と呼ばれる、王族とそれに順ずる者たちが暮らす離宮の一角だ。その名もシェンブル・パルミヤ。リオニアの古い言葉で青い月を表すとてつもなく雅な場所がワタシの居住スペース。つまりは自宅ってことだ。もう本当に阿呆らしいが、東京ドームで数えたくなるほどの広々スペースは、根っから庶民のワタシから見れば、細かく区切って賃貸にしたいと思うほど無駄に広くかつ豪華絢爛で落ち着かない。はっきり言ってものすごく寛げない住まいだ。
 ああ、六畳一間にコタツにみかんが懐かしい。

「魔王探して大陸中駆けずり回ってばっかの生活だったから、ほとんど帰ってなかったしな」

 ワタシはムクリと身を起こし、その拍子に目に入った寝間着――ていうか、ほとんどドレスだよね、コレ――を見ていきなり不機嫌になった。なんなんだ、このヒラヒラのフリフリの、ついでにスケスケは。自他共に認める中身オヤジのワタシには致命的に似合わない上に、こんなんじゃ寝間着本来の機能すら果たせそうにないスケっぷりだ。
 そしてなにより。

「こんなんで奇襲かけられたら一たまりもない……って、ああ、もう戦いは終わったんだっけ。あははは」

 ひとしきり笑って、はあと大きくため息をつく。裸同然の装いはなんとも心もとなく、ずるずるとシーツを引っ張ってぐるぐる全身に巻きつけやっとどうにか落ち着くことができた。

「なにこれ、新手の嫌がらせ?…ああ、そっか。いつもの流行モノか」

 ほとんど帰らないが全く帰らないわけではない。その度に、これが王都の流行なのです、とか言ってやたら派手だったりエロだったりする衣装を着せられるのが最近のお約束になっていた。ワタシの意識がないのを良いことに、おそらく侍女さん方が勝手に衣装チェンジしてくれちゃったのだろう。押しの強い侍女さんズは無敵だ。凶暴な魔獣とかなら秒殺のワタシも、丸腰の女性相手では分が悪い。敗北感に打ちひしがれつつ、ワタシはげんなりと心底情けない気持ちでスケスケドレスの胸元をつまみあげた。ドレスの下は同じくヒラヒラフリフリ、そしてやっぱりスケスケの小さな下着。

「服の意味ねーじゃん」

 呟いて、そして落ち込む。
 意味がないのはこのスケスケだけじゃないからだ。苦悩の果てに掴んだ勝利に、達成感なんて欠片もなかった。あるのは胸が悪くなるような脱力感だけ。

 ……それもこれも、全部あの馬鹿王子のせいだし。

 ワタシは眉間に皺を寄せたまま、額に巻かれた邪魔な包帯を一息にむしり取った。そのまま傷ついた辺りをぺたぺたと触れば、傷口はあらかた塞がっているがやはり消えてはいないようだ。まあ、それも当然か。断末魔の無駄な足掻きとはいえあれは魔王の力。宮廷魔道士が何人束になろうが、塞ぐのが精々なはずだ。そう、それが例え大陸一の癒し手と名高い王子様であったとしてもだ。
 ゴージャスな金髪碧眼のケチのつけようのない美形男、リオニア国王太子アトレンの取り澄ました白い顔を思い出し、ワタシは条件反射的に顔をしかめた。完璧な外見と、煮ても焼いても食えない内面を持つその男が、ワタシはずっと苦手だった。人を小馬鹿にしたような口調に口を開けば皮肉半分からかい半分の刺々しい言葉のオンパレード、そしてワタシの一挙手一投足をもれなく見つめる冷えた視線がうっとうしくてたまらない。

「…命がけで戦う相棒で、しかもワタシは勇者様だぞ。崇め奉れとまでは言わないけど、ちょこっと敬うくらいはしてもバチは当たらねーんじゃねーのか。あンのクソ王子」

 腰まである長い髪――伸ばしたわけではなく切らずにいたら勝手に伸びたのだ――をわしゃわしゃかき回しながら思わず悪態をつけば苦笑が洩れる。奴が今目の前にいたらなんて言うか、想像するのは簡単だった。なんて口の利き方ですか、それでは町のゴロツキと同じです、リオニアの品位が疑われるエトセトラエトセトラ。脳裏に浮かぶのは、お綺麗な顔を心持ち歪めて冷ややかに口角を上げるアトレンの顔だ。更に汚い言葉を使って返せば、打てば響くようなタイミングで輪をかけてキツイ言葉が返ってくる。
 馬鹿みたいだと何度も思った。ワタシは勇者だ。前線に立って戦い、血にまみれ魔を封じる。その為だけに呼ばれたワタシに、それ以上なにをしろっていうんだ、こいつは。

「…お上品にしろって、阿呆か。ワタシはアンタの周りに居るようなお姫様じゃねーんだっつーの」

 ジッと自分の手を見る。日に焼けて剣ダコだらけでおまけに傷だらけの汚い掌。
 魔王探しの旅は過酷だった。お陰で、お上品な言葉使いなんかもはや遠いお空の彼方のそのまた先だ。すっかり悪くなった口を嘆く段階など、生憎とっくの昔に過ぎているっていうのに。幾年共にあろうと王子様は最後まで王子様で、ワタシは最後までワタシだった。所詮相容れない相手なのだろう。それでも、悪口を言い合いながらぶつかりながら結構上手くやってきたと、そう思っていたのはどうやらワタシだけだったらしい。

「そこまで嫌われてたってことか。……まあ、別にいいけどね」

 喧嘩する度に投げつけられる冷たい視線と言葉に一々傷ついてもきたのは認めたくないが事実だ。まあ、ダメージ食らってるなんて死んでも知られたくなかったから、すべて倍返しで言い返してたし、気づかれてはいないはずだが。
 にしても、勇者としてワタシを無理やり召還しやがったのは奴だ。二十代も半ばを過ぎて、大人気ないと言わば言え。美形が何だってんだ、この野郎。マジでムカツク。ていうか嫌いだ、あんな嫌味な奴。
味方のはずの王子が、あえて勇者であるワタシの足を狙った理由くらいお見通しだ。役割を終えた勇者を元の世界に戻すには、召還された場所、つまりクース北方にそびえるカリク山の山頂にある神殿まで行かなきゃならない。
 帰還の儀式が行えるのは三年に一度。寒さ厳しい氷折の月の満月の夜だけ。真夏にも雪の残るカリク山の冬は半端なく厳しく、馬車なんか当然入れないから途中までは馬で、その先は徒歩になる。ワタシは救国の英雄だから、当然つれていけと言えばオンブでも抱っこでもして連れていってもらえるだろう。だが、問題はその後にある。帰還に不可欠な魔法具は神殿の上にそびえる高い塔そのもので。

 ……一旦入ったら絶対に出られない上に、スイッチは塔の最上階。そこで呪文を唱えれば、そのまま中身全部一切合財異世界転送されるってどんなトラップだよ。どう考えても、おかしーだろーがっ!

 足が使えなくては、狭くて急な塔の階段は自力では登れない。だからと言って誰かの手を借りれば、その人も一緒に連れて行く羽目になる。流石のワタシも、赤の他人の異世界人巻き込んでまで今すぐ帰りたいとは思えない。そして、三年目の氷折の月の満月はもう一週間後。つまり、あのムカツクイケメンはワタシを元の世界に帰さないハラだ。

「君は本当に便利ですね」

 この世界では有り得ないほど強いらしい魔法能力を評して、白馬ならぬ翼獅子に乗った王子様が冷笑と共にのたまったのは記憶に新しい。

「便利って、ワタシゃモノかよ」

 それが自分でもビックリするくらいショックだったというのは内緒だ。すっぱりと切り裂かれた額は今後もじくじくと痛み続け、当然の如く生涯残る傷となるだろう。それでも、この世界に留まってあの王子にモノ扱いされながら扱き使われるより数倍マシだ。
 ワタシはもう一度額の傷に触れる。切れ味の悪いナイフが引き裂いた裂け目のように、ぼこぼこで不格好なその傷跡に。ひどく醜く、だが紛うことのない、これはワタシがこの身を削って戦ってきた証拠でもある。

「ま、これはこれで悪くないか。でも、こんなんじゃあ嫁の貰い手はねーよなー」

 親兄弟がいて友達がいて仕事は、まあ、今はなくてもいずれどこかにもぐり込める自信はある。だから大丈夫だと自分に言い聞かせていた時のことだ。
 バンと大きな音を立てて突然扉が開いた。

「……テメエ」
「エーデ」

 入室の許しも得ず入ってきたのは、イケメン王子こと裏切り者アトレン。完璧な王子様は珍しく焦ったような表情で、呆気にとられるワタシの目の前に立ちふさがった。おいこら、テメエどの面下げてきやがった、つか多少くたびれてるとはいえ乙女の部屋だぞ、ノックぐらいしろよと脳内でつっこむワタシに気づいたのか否か。アトレンは見たこともない焦燥をその白皙の面に貼り付けて、とんでもない爆弾発言をかましてくれた。

「君がそんなことを気に病んでいるとは知りませんでした、エーデ。ですが心配は無用です。貰い手ならすでにここにいますから」

 問題ないですと言いながら自分を指差す馬鹿王子に頭痛がする。

「はあ?…ここって、アンタ一体なに言って――」
「なにって、今言ってたじゃないですか。君は花嫁になりたいのでしょう。ですから私が貰ってやると言っているんです。大体、君のような女の貰い手になろうなどという奇特な男、私以外に誰がいますか」
「オイこら、クソ王子。君のような女って失礼だな、テメエ。喧嘩売ってンのか、オラ」
「喧嘩など売るものですか。それよりその品のない物言いをお止めなさい、エーデ。リオニア王家の品位が疑われます」

 失礼発言を連発する顔は驚くほどに真剣でついでに輝くばかりに麗しいが、生憎とワタシの目にはただひたすら腹立たしいだけだ。大体なにが花嫁だ、ワタシを妾にでもする気か、この野郎そこまでして扱き使いたいのかと煮えくり返る腸を宥めつつ、ワタシはにっこりと微笑んで反撃にでた。

「王家の品位なんてクソくらえですわ、王太子殿下。ご存知ないようなので申し上げますが、幸いな事にワタクシにも選ぶ権利というものがございますの」

 寝癖で波打つ髪をバサバサ掻き分けて額を露にすれば、ハッと息を飲む美形。ワタシは挑みかかるような視線をアトレンから離さず、無残な傷を見せ付けるようにして轟然と顔を上げた。そうして、口の端を上げ牙を剥く。アトレンは知っている。これはワタシが味方にだけは決して向けることのない顔。敵と定めた相手にだけ見せる威嚇の表情だ。途端、王子の顔色が見る見る青く、そして白くなっていく。

 ――ざまーみろだ。

 凶暴な笑みを浮かべ、ワタシは昨日までの戦友に最後通牒を突きつける。

「相棒裏切るような腐れ外道の嫁になんか死んだってなるか。いいか、王太子殿下。耳の穴かっぽじって良く聞けよ。ワタシは日本に帰って合コンとか見合いとか山ほどしてイイ男見つけて、そんでもってそいつと幸せになるんだよ。分かったら二度とその汚ねー面ワタシに見せんな、アトレン・サルディアス・エル・リオニア」

 バイバイ、ワタシの王子様。
 本当は他の誰よりも――日本にいる両親よりもだ、コンチクショウ――信じてたのに。
 これが最後。
 ワタシはもう二度と呼ばないと決めた名を、万感の思いと共に心の内から追い払った。


:::::::::::



「風よ、我に従え。四肢拘束」
「へ……」

 なんでどうしてなぜこんな事に?

「あのー、王太子殿下?目が、えーっと据わっちゃってますけ、ど?」

 大量のクエッションマークを飛ばしつつ見上げれば、眩しい美形。
言わずと知れたパーフェクトプリンスこと王太子殿下の超美麗なご尊顔が、目と鼻の先に迫ってきて、ワタシは思わずぱちぱちと目を瞬かせた。背中には柔らかすぎずさりとて硬すぎず、丁度良い寝心地のマットレス。手足はどうしてかピクリとも動かせず。サッと左右に視線を滑らせたところ、横たわったワタシの両手足は大の字に固定され、昆虫採集の虫よろしく見えない何かに縫いとめられている模様。ざわざわとざわつく胸。問答無用とばかり、唇に感じたのは柔らかい感触だ。やだなー、もしかしてこれってアレですか。口付け?接吻?キスですか、そうですか。

「って、いやいやいやいや、だからなにコレ。どうしてワタシ押し倒されてんの。無理やりって、嫌がらせにしてもどーよ。つか、四肢拘束ってなにその呪文。マニアックプレイか!」
「プレイ?」
「そうプレイ、SM拘束系の、いわゆる緊縛……って、オイ!」

 やってることは大胆ながら、やけに悲壮な表情で私の腹の上に乗っかった王子様に全力でつっ込む。何がしたいんだ、このド阿呆は。意味が分からん。つか、唇舐めんな、エロ王子。怒りに任せて罵りながら、ワタシは懲りもせず襲い来る美形から逃れるべく首を左右に振りまわした。

「ちょ、ちょっと殿下、なに血迷ってんの!アンタ嫌がらせも大概にし……え」
「……………エーデ、カエデ、駄目だ…………」

 ゴーコンとかミアイとかイイ男と幸せとか。
 王子は声を詰まらせながら切々と言うと、突然射殺しそうな物騒極まりない目をしてワタシに迫った。

「嫌です、カエデ」
「……ちゃんと、名前呼べんじゃねーか、馬鹿王子」
「……私は、馬鹿、王子、では、ない、です」
「馬鹿じゃん。そうでなきゃ、なんで…なんでアンタが泣くんだよ」

 ボタボタとボタボタボタと、ワタシの顔に降り注ぐ大量のしょっぱい水。王子の両眼から零れ落ちる、それはとても綺麗な――涙だった。







「こんな、風に、傷つける、つもりなんて、なかった。…本当に、すみません、カエデ」

 ぶっ壊れた蛇口みたいにダダ漏れの涙を拭いもせずに、王子は震える指先をワタシの額に伸ばしゆっくり撫ぜはじめた。ひたすらに優しい手つきで、まるで宝物を愛でるみたいに。

「この傷は、この傷だけは、絶対に、なんとしてでも、必ず、私が、直し、ます、から。だから」

 どうか許してください、と。
 苦痛と悔恨とにまみれた眼差しに、不覚にも胸が震えた。抵抗なんてできやしない。ワタシは体の力を抜き、しょうがねーなと小さく笑った。

「…もういいよ、殿下。もういいから」

 そうして、ああ、そうだったよなと思う。
 性格最悪で皮肉屋で傲慢で馬鹿で、それでもこの完璧な王子様は自分の非を認めて謝罪のできるまっとうな人で。だから本当はとても好きだった。どんなにキツイことを言われても馬鹿にされても、この王子様は根本のところでどうしようもなく綺麗な人だったから。

 この人が作る国を見てみたい。

 そんな風に思い始めた自分がとてつもなく怖かった。ワタシは救国の勇者で、この世界で最強の魔道士であり魔剣士で。世界を救えるほどの力――裏返せば、国の一つ二つ簡単に滅ぼせるほどの力だ――を持つ自分が、そう遠くない未来、王子の隣に並ぶだろう美しいお姫様を黙って見ていられる保障はない。だから帰ろうと思った。逃げようと、そう思ったんだよ、アトレン。
 そんなワタシの気も知らず、目の前で綺麗な王子様が泣いている。お陰で、さっきからワタシの胸は締め付けられっぱなしだ。これ以上振り回されたら死ぬ。仕方がないので、ワタシは動かない体の代わりに精一杯微笑んでみせることにした。

「王太子殿下ってば、そんなにワタシの力が欲しかったの?でも、そんな風にして引き止めても、ワタシはきっとアンタの言う事なんかききゃしないよ」

 だから笑ってサヨナラしようよ。
 従順に大人しく、お姫様みたいにお上品になんて所詮ワタシには無理だから。コントロール不能の大きすぎる力は、今は良くてもいずれ必ずこの国の、そして王子の脅威になる。それだけは嫌だ。

 ――ねえ、アトレン。ワタシはアンタのお荷物にだけはなりたくないんだよ。

 呟きは小さく細く、決して聞こえる大きさではなかったはずなのだが。

「それは違う、カエデ!」

 今にも死にそうな顔で王子が叫び、そのままぎゅうぎゅうに抱きしめられる。痛い痛い、体だけじゃなく心が痛いっつーの。ひどく投げやりな気分になったワタシは、ハと鼻で笑うと、

「違うってなにが。だってアンタはワタシを便利に扱き使いたかっただけでしょーが」
「違います!」
「いや、だから別に今更嘘つかなくても――」
「嘘じゃありません!私は、私には君を引き止めるつもりなど最初からなかった!」
「じゃあ、なんであんな事」

 したのと問いつめれば、アトレンは苦いものを飲み込んだような顔で唇を噛んだ。

「…引き止める権利なぞないことくらい私とて重々承知しています。君は私の勝手な思惑で呼び寄せられたにも関わらず、命すら懸けて国と人々を救ってくれました。そのために君が払った犠牲がどれほど重いか、私ほど知っている者はいないでしょう。だって、ずっと側で見てきたのですよ、君と君の生き方を。その私が、君から様々なものを奪い取ってきた私が、君から故郷を奪うなどということがどうしてできます。できるはずがない」

 初めて魔獣を殺し震えた、あの夜。
 初めて人の死を目のあたりにし泣いた、あの朝。
 初めてむき出しの敵意をぶつけられ怯えた、あの昼。
 重い使命を帯びた旅は当たり前だけど楽しいことばかりじゃなく、辛いことも、苦しいことも、寂しいことも、悲しいこともそれこそ山のようにあって。それを時に笑い、時に泣いたり怒ったりしながら乗り越えてきたのだ。二人一緒に。

「アトレン…」

 そんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。止め処なく競りあがる熱いなにかに押されるように、ワタシはもう呼ぶまいと決めた名を口にした。王子はつき物が落ちたような妙にすっきりした顔で微笑むと、なにを考えたのか不意に頬をポッと赤らめてぽつりぽつりとしゃべり始めた。

「だから、引き止めることができないのなら、一緒に、せめて一緒に、連れて行ってもらおうと、そう思ったんです。カエデの責任感の強さは分かっています。私がそんな事を頼めば、きっと絶対に拒否するでしょう。帰るのも止めると言い出しかねない。だから言えませんでした。それに、君はとても強い。そんな君を自力で歩けなくするためには、不本意ながら魔王を利用するしかないと思ったんです」
「それで足を狙って…って、そうじゃねーよ!一緒に連れて行くってアンタ、なに言ってんの」

 意味が分からん。なんでアトレンがワタシと一緒に日本に行くんだよ。一緒に連れて行ってくれなんて、それじゃまるで愛の告白みたいじゃねーか。

「告白?愛の?」

 ないない。それは有り得ない。
 突如湧いて出た言葉――いやいや絶対、妄想だって――を必死に否定するワタシをあざ笑うように、イケメン王子はそのお綺麗なお顔を更にぐいぐい近づけて、あろうことかワタシの頬にすりすりと頬を摺り寄せた。

「ひっ…ななななにを」

 美形慣れしてるはずのワタシすらダメージ大って、どんだけ男前なんだよ、コンチクショウ。などとついうっかり思考が逸れた間に、これ幸いと全身くまなく抱き込まれ至近距離で瞳を覗き込まれる。いやはや、美形パワー恐るべしだ。動けねー。この人この顔あったら魔法いらないじゃん。などと一人でグルグルするワタシを満足げに見下ろしたイケメンは、涙が引っ込むと同時に開き直ってしまったらしい。お馴染みの皮肉っぽい笑みを浮かべると、あっさり頷いた。

「そのまさかですが、なにか?歩けなければ、君は誰かを伴って塔に登るしかなくなる。登れば、後は一緒に行く以外の道はない。ですから、私を連れて行ってください、カエデ。君の故郷「にっぽん」に私は君と共に行きたい。幸いなことに、にっぽんには邪魔な者たちもいないですし、そうなれば私たちは晴れて一生一緒です」

 愛しています、私のカエデ。
 甘ったるい顔をした王子様は甘ったるい言葉を呟きながら、戸惑うワタシに絡みつくような甘い甘いキスをしたのだ。


 流石、完璧王子。キスが上手い。

「って、ちげーわ!止めんか、このエロ王子!アンタなに考えてんだよ!ド阿呆が!!」

 四肢拘束が緩んだ隙をついて、体の上の邪魔モノ(王子)の鳩尾に容赦ない膝蹴りをお見舞いする。グエッと百年の恋も冷めそうな声と共にベッドの端でうずくまるアトレン。いい気味だ。

「ハッ!ざまーねーなパーフェクトプリンス!それより、テメエよくも舌なんか入れやがったな!殺す!」
「ええ、いいですよ、ベッドの中でならいくらでも殺されてさしあげます。それにしても、君の口の中は実に心地良いですね、カエデ。言ってくれれば何度でも舐めますから、遠慮なくどうぞ」

 ぺろりと艶めかしい唇を舐める。懲りない男は居直ったまま堂々と言い切った。

「ぎゃーあああああ、も、も、もうテメエはなに言ってんだ、馬鹿!遠慮するわ、全力で!つか、アンタ王太子じゃねーかッ。ワタシと一緒に行くって、リオニアはどうすんだ!ふざけんな!」
「ふざけてなどいませんよ。心配しなくても、リオニアにはもう一人王子がいるじゃありませんか。私がいなくなればイクタが王になればいいのですから、特に問題はありません」
「阿呆か!問題大有りだっつーの!大体、イッくんはまだ七つじゃねーか!」

 リオニア国第二王子であらせられるイクタ王子殿下は御年七歳。ただ今成長期真っ只中の、照れた感じの笑顔が眩しいちょっぴり人見知りのシャイボーイだ。そんなまだ右も左も分からんお子ちゃまに、全責任おっかぶせてトンズラするってどういう了見だ。世迷言をほざきやがる馬鹿王子の胸倉をわし掴めば、麗しの王子様は平然と微笑んで、

「大丈夫ですって、カエデ。イクタが成人するまではスサラ伯母上を後見につけますから――」
「スーさんは無理!」

 ぶんぶん首を横に振って速攻で否定する。
 なにせスーさんこと王妹スサラ姫は、お年はそれなりながら脳内が一年中お花畑の万年少女。悪い人では全くないが、致命的に世間知らずの根っからのお姫様なのだ。スーさんが後見につくということは、実質的にはスーさんの夫であるカルサイ公爵が国の実権を握るということで。胡散臭さで言えば、目の前の男前とどっこいどっこいな食えない男にリオニアをゆだねるなんて冗談じゃない。

「では、妹のアーリベルを後見に――」
「アーちゃんはもっと無理!」

 アーちゃんことアーリベル王女は将来が楽しみなようなでも怖いような、なんというか良く言えばしっかりものだが、生憎とこちらもまだ若い。たしか先月の末に十六歳になったばかりのはずだ。辛うじて成人しているが、もちろん大国の後継者の後見がつとまるような年ではない。
半分パニックに陥ったワタシは、気づけば感情に任せて王子の両肩をつかんでガクガクと揺さぶっていた。妙に嬉しそうな王子にドン引きしつつ叫ぶ。

「おい、アトレン!テメエ一体何考えてんだ!気は確かか!目を覚ませ!!」
「私は正気ですよ、カエデ。ですが、まあ、それでは仕方ありませんね。後見はダヴェン叔父上にでもお任せしましょうか。ついでにリオノスもつければ間違いもない。それでどうです」

 サラリと言われて考える。脳裏に浮かぶのは、翼ある獅子にまたがる王弟ダヴェン殿下の穏やかで知的なジェントルマンスマイル。うん、悪くない。

「そうか、ダーさんか。ダーさんならイイかも……って、そうじゃねーよ!」

 危ねー危ねー。油断してうっかり頷くところだった。
 ワタシは冷や汗を拭いながら、キッとアトレンを睨みつけた。この狡猾な男の口車に安易に乗かった日には、そのままなし崩し的に好き勝手されるのは目に見えている。腕力と魔力では負けないが、いかんせん口では絶対勝てない相手だ。巧妙に言質を取られ気づいたら言いなりとか、そういうの今まで何度もあったよな。…なーんて遠い目をしている場合ではない!

「だからッ、そんな事アンタがいればそもそも必要ないっつーの!ワタシはアンタを連れて行く気なんかないからなッ。帰る時は一人で帰る」

 そう、ワタシは一人で帰る。一人でやってきたこの世界だから、帰るのも一人だ。それでいい。

「アンタはここで王になるんだ」

 ワタシみたいな力頼みのガサツな女じゃなく、綺麗で上品な王子様に相応しいお姫様を側において、この美しい国をよりすばらしい国に変える、強くて賢い王様に。

「アンタなら絶対にできるから」

 なんたってこの王子様はこのワタシの相棒で、それから心底惚れた男だ。
 口中でそっと呟けば、アトレンの目がスウと細くなる。王子様の瞳は青い宝玉に似ている。吸い込まれそうに澄んだその眼差しが本当に好きだった。自分だけを見つめて欲しい。そんな馬鹿な事を何度夢に見たことだろう。
 愛していると言われて嬉しかった。
 もうそれだけで生きられるくらい幸せを貰った。だから、さようならだ、王子様。だって、大好きなアンタと同じくらい、ワタシはこの美しい国を愛してしまっていたから。
 どうかお願い。綺麗な綺麗な王子様。
 ワタシの愛するこの国を、

「リオニアをよろしく」

 ワタシのパーフェクトプリンス。


* BACK
* NEXT
スポンサーサイト





* 「ワタシの愛しの魔王サマ」目次へ戻る
*    *    *

Information

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback


+